〝安珍と清姫〟。平安時代の伝説を墨とペンで描いた小品。[あやしい絵展@大阪歴史博物館]蛇身となった清姫が鐘の中に逃げ込んだ安珍に巻きつき、口から火を吐き焼き殺す場面。観た瞬間に胸を突かれる〝妖しく美しい〟絵だ。シャープな筆致、現代的なデザイン感覚の印象があるが、なんと、大正末期に描かれた作品。はじめは版画かと思った。
作者は橘小夢(たちばなさゆめ)という画家。日本の伝説や同時代の小説の妖しい場面などを生涯描き続けた。戦前は、毒のある妖しい画風が当局の目につけられ、作品の発禁処分や展示を禁止されたという。まさに〝表現の不自由〟だ。
さらに不運な事に、予定していた個展が関東大震災で開催できず作品も焼失したり、作品集の出版が決まったのに預けた作品を出版社が紛失したという。
…なので、
橘小夢の作品の再評価は、彼の死後十数年経った1990年代に催された回顧展で高まったようだ。その成果として出版された画集がこれ。
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橘小夢の画業がぎっしりつまった優れた画集だ。作品はテーマごとに整理されている。
〝妖〟〝儚〟〝凄〟〝艶〟〝祈〟〝幻〟〝奇〟
この漢字を並べてみただけでも、橘小夢の画風が知れる。
忘れ去られるはずだった一人の画家が、その子孫や、作品に魅せられた美術館の学芸員、出版社の編集者などの努力によって、未知の鑑賞者に伝わり再評価されること。こういうのが〝文化〟というのだろう。
〝表現の不自由〟が気になる昨今、美術館や出版社の役割や価値についても考えさせられた。