〝蝉声〟は、歌人 河野裕子(1946-2010)の第十五歌集、没後に出版された最後の歌集である。歌集名〝蝉声〟は、歌人でもある長男 永田淳さんがつけたという。その永田淳さんの講演を聴いた。[11/13(土)堺市文化芸術フェスティバル]
講演後の質問〝河野裕子の短歌で一番好きなうたは?〟に、次の短歌をあげられた。
・しんしんとひとすぢ続く蟬のこゑ産みたる後の薄明に聴こゆ
これは、河野裕子が長男 淳さんを産んだ時に詠んだうた(8月20日生まれ)。これ以後、淳さんを詠んだうたは五百首ほどあるという。息子である自分のことを詠んでもらって嬉しいとおっしゃっていた。
そして、遺歌集〝蟬声〟の中に次の一首があり、〝しんしんと…〟のうたに呼応していると。
・子を産みしかのあかときに聞きし蟬いのち終る日にたちかへりこむ
末期癌で河野裕子が亡くなったのは8月12日。その前日までうたを詠んだ。(家族が聞き取って書き留めたという。)最後のうたは…。
・手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が
淳さんは講演の中で、〝あなたとあなたに〟は複数でなく単数(夫の歌人 永田和宏)と解釈しておられた。長女 紅さんは複数(家族)と解釈しているそうだ。それにしても、この辞世のうたは歌人として生きた河野裕子の凄さが心をうつ。
今回の講演の演目は『河野裕子の遺したもの』。河野裕子という歌人のことをたくさん知りたいと思ってでかけた。
河野裕子のうたをたくさん知っているわけでなかったので、少し予習をしていった。岩波書店から出版されている〝あなた〟という歌集。河野裕子の家族(夫 永田和弘、長男 淳、長女 紅)が、出版された十五の歌集から順に全五百首あまりを選んで編んだもの。全ての歌集の〝あとがき〟と、それぞれの歌集の時代の家族の視点からエッセイが収録されていてとてもおもしろい。
予習のおかげで、講演の内容をより深く楽しく受けとめることができたと思う。
第一歌集 〝森のやうに獣のやうに〟
・たとへば君 ガサッと落葉すくふやうに私をさらって行ってくれぬか
第三歌集 〝桜森〟
・たつぷりと真水を抱きてしづもれる昏き器を近江と言ヘリ