クロユリハゼの休日

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# 199 〝ある真夜中に〟

 

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・一昨年の夏、青森 八甲田山登山の折、谷地温泉に宿泊した。八甲田山に登ると広大な裾野と原生林の広がりに驚かされる。谷地温泉はその広大な裾野、森林にぽつんと一軒。歴史ある秘湯の温泉宿だった。簡素な部屋でトイレも洗面も共同、食堂はあったが昔ながらの湯治宿の面影を残し、建物も湯屋も雰囲気の良い宿。谷地温泉に連泊したのは八甲田山登山と奥入瀬渓流ハイキングの両方にアクセスしやすい立地だったという他に、もう一つ動機があった。

それは、嘗て、瀬戸内寂聴さんがこの小さな温泉宿の質素な部屋に籠って『源氏物語』現代語訳を執筆したと知ったから。ひょっとしたら同じ部屋に泊まれるかも…。同じ部屋ではなかったが、一番奥のその部屋をちょっと覗いたのが思い出になった。f:id:kuroyurihaze:20211117230318j:image

 

・先月まで東京都現代美術館で開催されていた『GENKYO横尾忠則展』。横尾本人が人生最後の大規模な個展と述べていたので是非とも観に行きたいと思っていた。本来は9月に行くつもりでいたが、東京のコロナ感染状況や私的事情もあって諦めていた。会期末になって事情が変わってきたので逡巡していたところ、横尾忠則とは50年来の交流があるという寂聴さんの次のような言葉(うろ覚えですが…)〝観にいけなくてとても残念、ごめんなさい。〟を知った。寂聴さんの無念。それならば僕は見に行かねばと何故か思った。f:id:kuroyurihaze:20211118001617j:image

 

・合唱団の2019年定期演奏会で、瀬戸内寂聴作詞、千原英喜作曲の合唱組曲ある真夜中に』がとりあげられた。作曲家が選択した四つの詩と音楽によって寂聴ワールドに初めて没入できたと言ってよい。作曲家はこう述べている。〝…スコアは愛と祈りの曼荼羅宇宙。寂聴先生の詞(ことば)のひとつひとつが渦巻く星雲のように謎めき、交響し、エロスの香りを放って私を魅了してやまない。その情熱と耽美、エクスタシーの音世界を表現するべく力を注いだ。…〟[出版譜から:全音楽譜出版社2008年]

瀬戸内寂聴さんの存命中に、この合唱組曲に出会い、寂聴さんの言葉を歌えたこと。よいタイミング、よい巡り合わせだった。

 

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