クロユリハゼの休日

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#29 言葉と歩く日記

多和田葉子 著  岩波新書 2013年

以前、著者の短編小説を読み始めて、〝ぶっとんだ〟文体・文章についていけなかった。日記なら読めるだろうと考えたのは正解。

著者はベルリン在住で、日本語、ドイツ語、両方の言語で小説や戯曲を発表している。「日本語とドイツ語を話す哺乳動物としての自分を観察しながら一種の観察日記をつけてみることにした。」のが本書。ちょうど合唱でドイツ語の詩と日本語訳の両方で作曲された〝くちびるに歌を〟を歌ってあることもあり、関心が重なった。ささやかながらドイツ語に触れることが続くことになった。

日記は1月1日から始まる。以下、抜粋。

 

1月5日 この日記をつけ始めたきっかけは、言語について毎日考えているわたしが、いざ言語について本を書こうとすると何も書けないことに気づいたことにある。

1月27日 わたしはドイツ語の「denken(考える)」という動詞が必ずしも目的語を必要としていないことを不思議に思った。

2月13日 わたしが今ドイツ語にしている『雪の練習生』という小説。まず冒頭部から大変困ったことがある。それは、人間なのか動物なのか分からないまま話を始めたかったのに、ドイツ語では、動物の手足と人間の手足をさす単語が異なっているので、すぐに動物のことだと分かってしまうことだった。

3月17日 日本語に主語はない、人称代名詞もない、「わたし」も「彼」も名詞である。そんなふうにいつも言い放っていた。

3月23日 わたしは昔から「青い手触り」のような表現に出会うと大きな喜びを感じる。この喜びはわたしにとってはどんな物とも交換したくない激しい身体的な喜びであると言っても大げさでない。

 

日記は4月15日で終わっている。

読み進んでいると、言語学の先生に楽しいお話を聞かせてもらっているような気分になってきた。スウェーデン語を学んでいる息子にも読んでもらいたくなった。